夢への軌跡_家族のため。お父さんは動きます。

20201204_家族のため。お父さんは動きます。

 

==============================

励みになります。

クリックして応援してくださいね。


人気ブログランキング

https://blog.with2.net/link/?1840281

https://fukuyama-syo.com/archives/18095

==============================

 

【家族のため。お父さんは動きます。】 

 

12月4日 金曜日です。

 

今日は通常営業です。

往復400kmでしょう。

 

まぁ、いつも通りなので

これも一つのお仕事ですねぇ。

 

アポイントは二つ。

どのように時間を過ごすかが大きなポイントです。

 

お父さんは働きますねぇ。(笑)

家族のためです。。。

と言うことで、今日のお題は、

【家族のため。お父さんは動きます。】

です。

 

昨日、木曜日は在宅ワークとなり、

小粒ちゃん(ネーネ・助監督)の送迎を担当しました。

 

それも一時帰宅を行って、

家での仕事をこなしてからの改めての

お迎えでした。

本来は、お母さん(監督)のお仕事ですが、

お母さん(監督)の体調が悪く、

既にご存知だと思いますが、

 

転んで骨折寸前の怪我をしているのと

日々の家事により、

疲労が蓄積しているようです。

 

そこで、行きつけの整骨院へ

通う時間を確保するために

私・お父さんの登場でした。

 

小粒ちゃん(ネーネ・助監督)のお迎えを担当すれば

お母さん(監督)の時間が確保できるということです。

 

在宅ワークなので、電話とPCでのやりとりは常です。

 

我ながら、素晴らしい活動?

と思うほどの行動力でした。

しかし、残念なことに

お迎えが私・お父さんであると

小粒ちゃん(ネーネ・助監督)から発声が

 

「え?お父さんはお休みなの?」

 

『今も仕事中です。』

 

「外に出たの?」

 

『おうちで仕事をしてきました。』

 

「じゃぁ、お休みじゃん。」

 

と言う会話でスタートしました。

よろしくないですねぇ。

私・お父さんが送迎できることは

在宅ワークに感謝です。

 

そして、その時間を

上手に利用している私・お父さんの腕ですねぇ。

 

小粒ちゃん(ネーネ・助監督)には

理解できないのかもしれませんが、

「働く」と言うことには努力が必要です。

 

そして、

「働ける」と言う環境には感謝が必要です。

さらに、

自分が最大限努力しているか否かで

今後が決定するのだと思います。

【家族のため。お父さんは動きます。】

とは、家族からの理解はないかもしれません。

 

しかし、環境をしっかりと理解すれば、

働ける環境というのは素晴らしいと思いました。

 

本当であれば、

小粒ちゃん(ネーネ・助監督)も

感謝が必要なんですよねぇ。。。

にゃんにゃん。。

 

 

なるべく、大人しく、

そして、感染しないように、させないように

過ごしたいと思います。

 

『ムリ・ムダ・ムラ』は禁物ですね。

 

なにごとも   

『人生は、楽しんだもの勝ち!』です。

 

楽しむためにも今の時期は

大人しくすることが必要ですね。

 

遂に、155,969人(クルーズ船を除く)になりました。

そして、死者は2,261人です。

この情報はNHKの発表を基準にしています。

 

日々、増加傾向ですね。

 

湿度の高い、気温も高いエリアでも

活動し続けるウィルスは、かなりの生命力です。

 

まさに、開発者は、偉業を行ったと言うことでしょう。

 

良い方向に使われれば良かったのですけどねぇ。

残念です。

 

政府が動かないのであれば、

個人で守りましょう。

 

フロントラインで活動している人はたくさんいます。

その人たちに迷惑をかけないように、

大人しく、自粛です。

 

無理して動かない方が良いです。

私・お父さんの場合、まだまだ

基本的に在宅ワークが継続されます。

 

それぞれが意識高く、

手洗い、うがい、手指消毒だと思います。

 

自分の身は自分で守らないと。。。

 

コロナ詳細レポートはこちらです。

無料となっているのですが、

素晴らしい内容です。

 

https://fukuyama-syo.com/covid19

           

2020年も残り1ヶ月、頑張っていきましょう。

           

常に前進です。

            

『迷ったら前へ、

 苦しくなったら前へ、

 つらくなったら前へ。 

 後悔するのはあとでいい。ずーとあとでいい。』

 

という言葉の通り、

進むべき道を間違えないように。。。

 

『ムリ・ムダ・ムラ』を排除しつつ。。。 

 

にゃんにゃん。。

 

*****************************

ブログランキングの応援をお願いいたします。


人気ブログランキング

https://blog.with2.net/link/?1840281

https://fukuyama-syo.com/archives/18095

*****************************

 

124日 金曜日です。

 

一昨日、福山的私見は、

トレンドラインまでは戻ってくるであろう。

 

そして、その後は、

大きな流れに巻き込まれていくのではないか?

と考えていました。

 

予想が当たると気持ち良いですねぇ。

含み益を増額させつつ

ポジションは動いていきます。

 

そして、今朝のチャートは、

大きな戻りの最中にいました。

  

さてさて、どちらに動くのか?

個人的には下目線ですけど。。。

 

*****************************

週足は、閉じていない。

日足は、第5サイクルとなり、閉じていない。

4時間足は、第4サイクルとなり、

第3サイクルの高値を更新したものの

週足MBで押さえられて。。。

*****************************

   

現時点での備忘録です。

*****************************

20201128_updated

夢への軌跡_FX_USDJPY_相場環境認識・備忘録_20201128

https://fukuyama-syo.com/archives/18063

*****************************

 

『ムリ・ムダ・ムラ』は避けたいと考えています。

 

無理なエントリーはしない、

頭と尻尾はくれてやれ、

ということを守ると

大きな利益が発生します。

 

チャートを確認しつつ、楽しみたいですね。

そして、継続が利益を生んでくれます。

 

トレンドフォローをしっかりと行うことが

利益を生んでくれることでしょう。

 

失敗を恐れず、2つのシナリオを作成して

タイミングを待つと言うことが奏功かもしれません。

 

USD/JPYに限って相場環境認識と

2019年のボラティリティをアップデートしました。

*****************************

20200112_updated

夢への軌跡_FX_USDJPY_2019_VOLATILITY

https://fukuyama-syo.com/archives/14527

*****************************

 

しっかりと、チャートを見ると

今後の動きが見えてきますね。

 

もし仮に、想定外の場合には

損切りを行うことで

最小限のリスクで回避できます。

 

しっかりと、考えてトレードを行うことで

トレーディングの質が向上します。

 

楽しみながら。。。

 

相場の神様に感謝しつつ。。

チャートを確認していきましょう。  

 

にゃんにゃんにゃん。。。 

 

*****************************

 

収縮と伸長の繰り返しです。

2018年のドル円の年ボラは10円ちょっとです。

 

平均値は16円程度です。

そして、2019年のドル円の年ボラは、

なんと、8円弱です。

 

個人的には円高の方がありがたいのですが、

大きなお金を扱っている企業や政府などは

1ドル120円程度までの上昇を

視野に入れているかもしれませんね。

 

と言うことは、

2020年は新たなサイクルを形成する可能性も

高くなります。

 

気になるのは米国のDJI数値です。

29000ドルから一時的に20000ドルを割り込んで

現時点では29000ドル辺りをウロウロしています。

 

USD/JPYの為替相場では、

若干の円高傾向となっています。

 

何がきっかけになるかはわかりませんが、

準備は必要です。

 

いつか来るであろう、毎日給料日と

考えています。はいっ! 

 

負けないトレードを目指します。

 

個人的な目標は週に100 pipsです。

この技術があれば、怖いことはないですね。

 

色々な考え方がありますが、

それぞれの通貨で、

しっかりと、学んでおくと

失敗は少なくなりますね。

 

「えふえっくす」は心理学の一つかもしれません。

 

このようなアナリスト気分になれるのは

やはり、学びです。

 

学びは力になりますね。

https://fukuyama-syo.com/kei2020

 

*****************************

笑いがこみ上げてきたら・・・

ブログランキングの応援をお願いいたします。


人気ブログランキング

https://fukuyama-syo.com/archives/18095

*****************************

          

【学ぼう! えふえっくす!!!】

スタートミーアップ 「えふえっくす」 です。

 

学んでみませんか?

紹介者に、「福山」と入力してくださいね。

 

ちょっと、覗いてみるのも良いかもしれませんね。

 

興味があれば、覗いてみましょう。   

その後の判断は、自分で考えてくださいね。

 

時間を割いて参加する価値ありと

個人的には考えています。

 

学びは裏切りませんので

まずは、学んでからトライしていきましょう。   

 

「えふえっくす」で勝敗を分ける理由は、

・情報不足

・慢心

・思い込み

となります。

 

今や、感情を度外視したトレードも可能ですね。

感情トレードは資産を溶かします。

ですから、学びましょう。

 

学びを怠ると、自分の力にはなりません。

https://fukuyama-syo.com/kei2020

 

にゃんにゃんにゃん。。。

 

==============================

少しでも前向きになれたなぁと感じたら、

クリックして応援してくださいね。


人気ブログランキング

https://fukuyama-syo.com/archives/18095

==============================

 

今を悔いなく。常に100%で。

今日も一日、頑張っていきましょう。

ついてる!ついてる!ついてる!感謝です。

 

――――――――――――――― 

決断するということは、

引き返さずに前進あるのみです。

 

毎日が成長であり、

昨日の自分より今日の自分が

成長しているはずなのです。

 

常に前に。

ついてる!ついてる!ついてる!感謝です。

#えふえっくす

――――――――――――――――

いつも、「いいね」と「コメント」を

ありがとうございます。

************************************

 

福山 紫生(Syo Fukuyama)

 

 

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

ABOUTこの記事をかいた人

はじめまして 福山紫生と申します。 千葉県松戸市生まれで 幼少期は東京都立川市で育ちました。 中学時代はサッカー部でした。 ポジションはスウィーパーという ゴールキーパー前の掃除人でした。 当時の体は170cm、80kgという サッカーにはふさわしくない体形をしており、 試合中、相手にけがをさせてしまい 救急車を呼んだこともありました。 チームメートからは「重戦車」とも呼ばれていました。 高校時代は一変し、帰宅部となり 受験勉強に勤しみました。 毎日のスケジュールをしっかりと立て 当時、テレビを見るという悪い癖を克服するために 帰宅後、18時から22時までの4時間を睡眠時間とし ゴールデンタイムにテレビをつけることもなくなりました。 22時から夕食、23時から明け方まで勉強をし、 オールナイトニッポンというラジオ番組が友達になりました。 無事、高校3年11月で早稲田大学の推薦をもらい その後は、自動車、オートバイなどの運転資格免許をとり 親の車を乗り回して、遊んでいました。 大学時代は、ミーハーサークルに所属し テニスやスキー、アルバイトに勤しみ、 勉強については、それほど、力を入れていませんでした。 早稲田大学を卒業後 株式会社ダイエーへ入社し、2年で退社しました。 ここにいても「自分らしさを出すことはできない」と 思ったからです。 その後、運送業を行い、体調を崩し、6年で廃業しました。 そして、医療器械の国内輸入商社へ入社しました。 国内医療機器の販売を行う際の2年目に ナポレオンヒルプログラムを学び、 成績優秀者として、表彰されたこともありました。 自分は順風満帆の会社員生活を送っていたと思っていました。 しかしながら、考え方が大きく変化したのは 2002年に子供が誕生したときです。 誕生時、未熟児、且つ様々な病気をもって 生まれてきた娘は3か月の入院後、退院してきました。 その間、仕事が手につかず、お休みがちになっていましたが、 会社からは「君の代わりはたくさんいる。」と告げられました。 このとき、自らが会社に貢献していないと、 「いらない」と言われてしまうんだなぁと感じました。 娘は完全治癒では、ありませんでしたが、 世話を嫁に任せ、私は日常業務に勤しみました。 娘は10年間後遺症は出ませんでしたが、 2012年に後遺症が発生し、現在も通院治療を行っています。 その後遺症が障害となり、苦しむ中、 父親としては、時間とお金のかかる 娘の治療に専念したいという思いから 挑戦し続けています。 2011年に国内商社から外資系商社へ転職し、 そして、現在に至ります。