夢への軌跡_我が街には高齢者が多いんですねぇ。

20230831_我が街には高齢者が多いんですねぇ。

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【我が街には高齢者が多いんですねぇ。】

 

8月31日 木曜日です。

 

おはようございます。

 

月末になりました。

夏も終わりのはずですが、

まだまだ気温は高く

「どこまで続く夏?」

と言えそうです。

 

暑さ対策も必要です。

家から出ないという手段か

モールに逃げ込むということでしょう。

 

そして、

宿題に追われていた昨年までの夏休みとは変わり

小粒ちゃん(ネーネ・助監督)の宿題に

取り掛からなくて済む

我が家としては

非常に気分的には楽な状況です。

 

さて、昨日の『右手でできたこと』

シャベルを持って、草取りを行うことができた

となります。

 

毎日、回復していると実感できているので

9月末までに完全復帰を目指したいと考えています。

ということで、今日のお題は

【我が街には高齢者が多いんですねぇ。】

です。

 

毎日、通っている整骨院で

骨折のリハビリを行なっていますが、

お馴染みさんとなる

患者さんは、かなりの高齢者です。(笑)

 

元気そうにしている高齢者の方がいました。

『いくつかなぁ?』

と考えていたので

施術中に、柔道整復師に確認しました。

「福山さん、あの患者さんは95歳です。」

 

『マジで?自分で歩いて通院しているんでしょ?若いなぁ。』

 

「先日、お話しした電動車椅子の患者さんは88歳です。」

 

『車椅子のお婆さんでしょ?駅まで行ってしまうんだ。』

 

という会話が成立して

近隣の整骨院に集まる患者さんは

びっくりするほどの高齢者でした。(笑)

 

そして、自分で歩ける、会話ができる。

という最低限の生活ができるのです。

同じ整骨院で義母さんと遭遇しましたが、

義母さんは83歳なので

まだまだですねぇ。

 

おそらく、元気の源を整骨院でもらってきているのでしょう。

【我が街には高齢者が多いんですねぇ。】

とは、

あまり見かけない高齢者ですが、

ある一定の場所に集まっているようです。

 

私のかかりつけの整骨院に来院して

施術と会話を楽しみ

元気をもらっているようです。

 

オーバー90で付き添いなしで

通院できることにびっくりでした。

 

なんでも一人でできるのであれば

元気な高齢者も大歓迎ですね。

にゃんにゃん。。

 

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いつも通りに英語レッスン受講です。

 

常に意識して

英語のレッスンを受けることで

亀のような足取りでも成果は得られるのではないか

と感じるようになりました。

 

そして、2023年もほぼほぼパーフェクトとなり

習慣化としては、しっかり定着してきました。

忘れないように毎日レッスンを継続します。

無駄にできない毎日25分です。

 

ラッキーなことに

月一で日本人講師とのレッスンが可能となりました。

 

なので、

良くわからない表現を丁寧に

説明してもらうには

やはり、日本人講師のサポートが必要ですねぇ。

 

習慣化すると歯磨きのようにレッスンを受けられます。

歯磨きレッスンが理想ですね。

 

『ムリ・ムダ・ムラ』は禁物ですね。

 

なにごとも   

『人生は、楽しんだもの勝ち!』です。

 

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常に前進です。

            

『迷ったら前へ、

 苦しくなったら前へ、

 つらくなったら前へ。 

 後悔するのはあとでいい。ずーとあとでいい。』

 

という言葉の通り、

進むべき道を間違えないように。。。

 

『ムリ・ムダ・ムラ』を排除しつつ。。。 

 

にゃんにゃん。。

 

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8月31日 木曜日です。

 

昨日は欧州市場から米国市場にかけて

USD/JPYの売り・ショートエントリーを行い

かなり大きくいただきました。

 

感謝です。

EUR/USDですが、風向きが変わったかもしれないですねぇ。

 

4時間足トレンドラインを超えて

日足MBを超えてきたので

ちょっとシナリオの変更を余儀なくされそうです。

 

先週のパウエルさん発言での安値更新が

最後の足掻きであったのかもしれないですねぇ。

 

米国株高・ドル安・円安という

状況を認めざるを得ない状況かもと

考えています。

           

にゃんにゃん。。

 

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20230827_EUR/USD_相場環境_動画解説

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20230827_updated

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1000円でこの内容はお得です。(笑)

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【い・ろ・は・組(168)_2】

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にゃんにゃん。。

 

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常に前に。

ついてる!ついてる!ついてる!感謝です。

#えふえっくす

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いつも、「いいね」と「コメント」を

ありがとうございます。

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福山 紫生(Syo Fukuyama)

 

 

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ABOUTこの記事をかいた人

はじめまして 福山紫生と申します。 千葉県松戸市生まれで 幼少期は東京都立川市で育ちました。 中学時代はサッカー部でした。 ポジションはスウィーパーという ゴールキーパー前の掃除人でした。 当時の体は170cm、80kgという サッカーにはふさわしくない体形をしており、 試合中、相手にけがをさせてしまい 救急車を呼んだこともありました。 チームメートからは「重戦車」とも呼ばれていました。 高校時代は一変し、帰宅部となり 受験勉強に勤しみました。 毎日のスケジュールをしっかりと立て 当時、テレビを見るという悪い癖を克服するために 帰宅後、18時から22時までの4時間を睡眠時間とし ゴールデンタイムにテレビをつけることもなくなりました。 22時から夕食、23時から明け方まで勉強をし、 オールナイトニッポンというラジオ番組が友達になりました。 無事、高校3年11月で早稲田大学の推薦をもらい その後は、自動車、オートバイなどの運転資格免許をとり 親の車を乗り回して、遊んでいました。 大学時代は、ミーハーサークルに所属し テニスやスキー、アルバイトに勤しみ、 勉強については、それほど、力を入れていませんでした。 早稲田大学を卒業後 株式会社ダイエーへ入社し、2年で退社しました。 ここにいても「自分らしさを出すことはできない」と 思ったからです。 その後、運送業を行い、体調を崩し、6年で廃業しました。 そして、医療器械の国内輸入商社へ入社しました。 国内医療機器の販売を行う際の2年目に ナポレオンヒルプログラムを学び、 成績優秀者として、表彰されたこともありました。 自分は順風満帆の会社員生活を送っていたと思っていました。 しかしながら、考え方が大きく変化したのは 2002年に子供が誕生したときです。 誕生時、未熟児、且つ様々な病気をもって 生まれてきた娘は3か月の入院後、退院してきました。 その間、仕事が手につかず、お休みがちになっていましたが、 会社からは「君の代わりはたくさんいる。」と告げられました。 このとき、自らが会社に貢献していないと、 「いらない」と言われてしまうんだなぁと感じました。 娘は完全治癒では、ありませんでしたが、 世話を嫁に任せ、私は日常業務に勤しみました。 娘は10年間後遺症は出ませんでしたが、 2012年に後遺症が発生し、現在も通院治療を行っています。 その後遺症が障害となり、苦しむ中、 父親としては、時間とお金のかかる 娘の治療に専念したいという思いから 挑戦し続けています。 2011年に国内商社から外資系商社へ転職し、 そして、現在に至ります。