夢への軌跡_死生観は常に持つべき!!

20190522_死生観は常に持つべき!!

  

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【死生観は常に持つべき!!】

 

おはようございます。

522日 水曜日です。

 

週の真ん中ですねぇ。

残り半分と捉えると非常に過ごしやすいと

会社員は感じます。

 

私も会社員なので、

日々、重労働に四苦八苦しています。

 

営業である以上、

売り上げを維持しなくてはならず、

あの手この手を利用して、

顧客を納得させています。

 

ルール違反のメーカーには、

ちょっと小言を入れるほど、

私も業界では、クレーマーと化しています。

(笑)

 

業務についても考えることが多いですが、

今日のお題は、

【死生観は常に持つべき!!】です。

 

私・個人的には延命治療は遠慮します。

そして、高額な医療も回避したいと考えています。

 

理由は、残された家族が

非常に苦労してしまうからです。

 

【死生観】を持っていない我が実父は

透析患者であるにも関わらず、

開胸手術を受けようとしました。

 

そもそも、透析患者であることは、

血管を痛めつけているので

大きな手術では成功率としては

20%程度でしょう。

 

そして、手術後の結果としては、

もちろん、良くなって自宅に戻れる可能性も

前述の通り、20%ですね。

 

術後死亡に至ることは、50

植物のような状態になってしまう場合も

30%と想定できます。

 

「生き残りたいんです。」

と言った実父のセリフの意味はわかりませんが、

ほぼほぼ、自宅に帰れない状況となることは

否定できないので、

回避することとなりました。

 

医療って難しいですね。

 

そして、手術を行わないとなると、

「帰りたい!」

ということのようです。

 

そもそも、自分で救急車を呼んだんですけど。

(笑)

 

困ったちゃんですねぇ。

我が家の恥部のようです。

 

主治医とも相談して、

本人の希望する自宅へ帰られるように

手配を進めていますが、

 

これも日本の医療の難点です。

 

全ての命を平等に扱っているのです。

 

個人的には、『ちょっとぉ。』

と言いたいのです。

 

主治医は笑ってごまかします。

「ご家族の意向を確認したくて。」

と言われるので、

●△□?!!(◎_◎;)●△□?!!(◎_◎;)

という自分の死生観を伝えます。

 

「わかりました。

 共通認識として、シェアしたいので

 ソーシャルワーカーの△△さんと

 連絡を取っていただけますか?」

 

という主治医のコメントでした。

 

かなり、リスキーな選択を

しているのも事実ですが、

病院としては免罪符が必要なんですね

 

人間、一人で生まれて、

一人で死んでいきます。

 

死生観をしっかりと持たないと

かなり、家族に迷惑をかける状況となりますね。

 

今週も結果的には、

週に3回程度、長距離での訪問となります。

 

『いやぁ、しんどい。』

 

私の本音です。

 

自らの死生観があれば、

このようなことにはならないのでは

ないかなぁとも考えます。

 

【死生観は常に持つべき!!】

とは、我が身に降りかかる今後の生活を

『しっかりと考える時期なのかなぁ。』

とも考え、反面教師とします。

 

自分がどうありたいのか?

どう全うしたいのか?

 

自らの哲学にしたいと思います。

  

結局は、限られた人生なので

楽しんだもの勝ちです。(笑)

 

時間は限られていますから。

どれだけ、貢献できたかに

左右されるのではないでしょうか?

   

人間、一人では生きていけないのです。

自分に関わる全ての人に、

そして、身の回りの道具に、

更には、自分自身にも感謝です。

 

にゃんにゃん。。

      

今日は、水曜日です。

 

昨日は関東の天候と同じで大荒れでした。

いくら入っても損切り遭遇という

全く読めない状況となりました。

 

そろそろ、セルインメイも終了かなぁ

という視点でチャートを見ています。

 

クロス円は、タイミングを計って

買い・ロングエントリーでしょうね。

 

昨日のNYから

変化があったように感じられます。

DJI200ドルの上昇

ということは、

今日の東京市場も上昇かなぁ。

 

「セルインメイ最終盤」 

なんて、思っていたら、終わっていた。

(笑)

 

    

エセアナリストのお仕事です。(笑) 

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20190519_uploaded

夢への軌跡_FX_ドル円_相場環境分析_20190519

https://fukuyama-syo.com/archives/11133

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20190519_uploaded

夢への軌跡_FX_オジ円_相場環境分析_20190519

https://fukuyama-syo.com/archives/11138

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収縮と伸長の繰り返しです。

2018年のドル円の年ボラは10円ちょっとです。

  

平均値は16円程度です。

 

と言うことは、

2019年は反動がくるのではないか?

と考えています。

  

エリオットで数えていきましょう。

 

いつか来るであろう、毎日給料日と

考えています。はいっ! 

    

負けないトレードを目指します。

  

個人的な目標は週に100 pipsです。

  

この技術があれば、怖いことはないですね。

 

色々な考え方がありますが、

それぞれの通貨で、

しっかりと、学んでおくと

失敗は少なくなりますね。

 

FXは心理学の一つかもしれません。

  

このようなアナリスト気分になれるのは

やはり、学びです。

 

学びは力になりますね。

https://fukuyama-syo.com/2019

  

【学ぼう! えふえっくす!!!】

スタートミーアップ FX です。

 

学んでみませんか?無料です。

と言えるのは今回で最終回となります。

 

興味があれば、覗いてみましょう。   

その後の判断は、自分で考えてくださいね。

 

学びは裏切りませんので

まずは、学んでからトライしていきましょう。   

  

FXで勝敗を分ける理由は、

・情報不足

・慢心

・思い込み

となります。

  

今や、感情を度外視したトレードも可能ですね。

感情トレードは資産を溶かします。

ですから、学びましょう。

 

学びを怠ると、自分の力にはなりません。

https://fukuyama-syo.com/2019

  

にゃんにゃんにゃん。。。

 

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今を悔いなく。常に100%で。

今日も一日、頑張っていきましょう。

ついてる!ついてる!ついてる!感謝です。

 

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決断するということは、

引き返さずに前進あるのみです。

 

毎日が成長であり、

昨日の自分より今日の自分が

成長しているはずなのです。

 

常に前に。

ついてる!ついてる!ついてる!感謝です。

#FX

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いつも、「いいね」と「コメント」を

ありがとうございます。

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福山 紫生(Syo Fukuyama

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ABOUTこの記事をかいた人

はじめまして 福山紫生と申します。 千葉県松戸市生まれで 幼少期は東京都立川市で育ちました。 中学時代はサッカー部でした。 ポジションはスウィーパーという ゴールキーパー前の掃除人でした。 当時の体は170cm、80kgという サッカーにはふさわしくない体形をしており、 試合中、相手にけがをさせてしまい 救急車を呼んだこともありました。 チームメートからは「重戦車」とも呼ばれていました。 高校時代は一変し、帰宅部となり 受験勉強に勤しみました。 毎日のスケジュールをしっかりと立て 当時、テレビを見るという悪い癖を克服するために 帰宅後、18時から22時までの4時間を睡眠時間とし ゴールデンタイムにテレビをつけることもなくなりました。 22時から夕食、23時から明け方まで勉強をし、 オールナイトニッポンというラジオ番組が友達になりました。 無事、高校3年11月で早稲田大学の推薦をもらい その後は、自動車、オートバイなどの運転資格免許をとり 親の車を乗り回して、遊んでいました。 大学時代は、ミーハーサークルに所属し テニスやスキー、アルバイトに勤しみ、 勉強については、それほど、力を入れていませんでした。 早稲田大学を卒業後 株式会社ダイエーへ入社し、2年で退社しました。 ここにいても「自分らしさを出すことはできない」と 思ったからです。 その後、運送業を行い、体調を崩し、6年で廃業しました。 そして、医療器械の国内輸入商社へ入社しました。 国内医療機器の販売を行う際の2年目に ナポレオンヒルプログラムを学び、 成績優秀者として、表彰されたこともありました。 自分は順風満帆の会社員生活を送っていたと思っていました。 しかしながら、考え方が大きく変化したのは 2002年に子供が誕生したときです。 誕生時、未熟児、且つ様々な病気をもって 生まれてきた娘は3か月の入院後、退院してきました。 その間、仕事が手につかず、お休みがちになっていましたが、 会社からは「君の代わりはたくさんいる。」と告げられました。 このとき、自らが会社に貢献していないと、 「いらない」と言われてしまうんだなぁと感じました。 娘は完全治癒では、ありませんでしたが、 世話を嫁に任せ、私は日常業務に勤しみました。 娘は10年間後遺症は出ませんでしたが、 2012年に後遺症が発生し、現在も通院治療を行っています。 その後遺症が障害となり、苦しむ中、 父親としては、時間とお金のかかる 娘の治療に専念したいという思いから 挑戦し続けています。 2011年に国内商社から外資系商社へ転職し、 そして、現在に至ります。