夢への軌跡_予想することの重要性

20161207_予想することの重要性

 

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【予想することの重要性】

 

おはようございます。

寒い水曜日ですね。

 

千葉県松戸市は今朝の気温は2度です。

水は4度以下になると凍りますね。

路面凍結の可能性もあり、少し、怖いですね。

 

さて、今日のお題は、【予想することの重要性】です。

 

何事にも『寝耳に水』という事態に陥り、

全く準備できていないこともありますが、

ある程度の予想は可能だと思います。

 

気温が低くなれば、路面凍結となり、

安全性を考量するには冬タイヤが必要ですね。

 

先日、会社のリース車の更新が決定となり、

上司より、「冬タイヤ必要ですか?」

と電話がありました。

 

来年の2月で、次のリース車に乗り換えるようです。

リース会社から、連絡のメールがあったようですが、

スルーしていました。(笑)

 

偏屈の私は、

『会社が安全性を考慮しないのであれば、従いますけど。。。

プライベートの車は冬タイヤを履いています。

従い、必要と考えています。』

と回答しました。

 

千葉県に居住しているので、必要ないと考える人も

いるとは思いますが、

私の場合、仕事にプライドを持っているので、

『アポイントの時間に予期せぬ理由で行かれない。』とは

言いたくないのです。

 

理由は、私が行かれなかった場合、

患者さんの命を失ってしまう可能性があるからです。

私は医師ではありませんが、医師に取り扱いを伝える立場なので。

 

そんなプライドがどうしても、

上司のセリフに反応してしまったのですね。

 

どのリース車もつけるべきであって、

営業担当が断れば、「冬タイヤなし」という判断もOKだと思います。

 

しかし、会社側から、「必要の有無」を確認するには

少し、理不尽ではないかなぁと感じました。

 

一応、私の場合、

冬タイヤ希望で連絡しましたが、

結論はどうなるかはわかりません。

20161207_yuki2

また、もしも、仮に

雪が降って、時間に間に合わなく、

もしくは、事故に巻き込まれて

顧客からの信用を失った場合、

大きな損失を被ることになるのですが、

『そこまで本当に考えているのかなぁ』とも思いました。

 

雪で事故を起こしてしまい、

命を失った場合、会社としては最善を尽くしたと言えるのでしょうか?

 

たかが、冬タイヤでも、そこまで考えてこそ、

会社の管理職と言えるのではないでしょうか?

 

企業での管理職育成について、モノ申します。

節度のない、言葉を知らない、

悪く言えば、人間批判を簡単に口に出してしまう管理職が散見されます。

20161207_yuki

部下一人には、家族がいます。

家族の命も守ってこそ、一流企業ではないでしょうか?

私が所属する企業は、一流には程遠いのですが・・・

反面教師として、自分を磨き上げます。

 

決断するということは、引き返さずに前進あるのみです。

 

毎日が成長であり、

昨日の自分より今日の自分が成長しているはずなのです。

 

常に前に。

ついてる!ついてる!ついてる!感謝です。

 

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今日も一日、頑張っていきましょう。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

 

いつも、「いいね」と「コメント」をありがとうございます。

 

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福山 紫生(Syo Fukuyama)

 

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ABOUTこの記事をかいた人

はじめまして 福山紫生と申します。 千葉県松戸市生まれで 幼少期は東京都立川市で育ちました。 中学時代はサッカー部でした。 ポジションはスウィーパーという ゴールキーパー前の掃除人でした。 当時の体は170cm、80kgという サッカーにはふさわしくない体形をしており、 試合中、相手にけがをさせてしまい 救急車を呼んだこともありました。 チームメートからは「重戦車」とも呼ばれていました。 高校時代は一変し、帰宅部となり 受験勉強に勤しみました。 毎日のスケジュールをしっかりと立て 当時、テレビを見るという悪い癖を克服するために 帰宅後、18時から22時までの4時間を睡眠時間とし ゴールデンタイムにテレビをつけることもなくなりました。 22時から夕食、23時から明け方まで勉強をし、 オールナイトニッポンというラジオ番組が友達になりました。 無事、高校3年11月で早稲田大学の推薦をもらい その後は、自動車、オートバイなどの運転資格免許をとり 親の車を乗り回して、遊んでいました。 大学時代は、ミーハーサークルに所属し テニスやスキー、アルバイトに勤しみ、 勉強については、それほど、力を入れていませんでした。 早稲田大学を卒業後 株式会社ダイエーへ入社し、2年で退社しました。 ここにいても「自分らしさを出すことはできない」と 思ったからです。 その後、運送業を行い、体調を崩し、6年で廃業しました。 そして、医療器械の国内輸入商社へ入社しました。 国内医療機器の販売を行う際の2年目に ナポレオンヒルプログラムを学び、 成績優秀者として、表彰されたこともありました。 自分は順風満帆の会社員生活を送っていたと思っていました。 しかしながら、考え方が大きく変化したのは 2002年に子供が誕生したときです。 誕生時、未熟児、且つ様々な病気をもって 生まれてきた娘は3か月の入院後、退院してきました。 その間、仕事が手につかず、お休みがちになっていましたが、 会社からは「君の代わりはたくさんいる。」と告げられました。 このとき、自らが会社に貢献していないと、 「いらない」と言われてしまうんだなぁと感じました。 娘は完全治癒では、ありませんでしたが、 世話を嫁に任せ、私は日常業務に勤しみました。 娘は10年間後遺症は出ませんでしたが、 2012年に後遺症が発生し、現在も通院治療を行っています。 その後遺症が障害となり、苦しむ中、 父親としては、時間とお金のかかる 娘の治療に専念したいという思いから 挑戦し続けています。 2011年に国内商社から外資系商社へ転職し、 そして、現在に至ります。