夢への軌跡_腰痛緩和と人生のバランス

20161122_腰痛緩和と人生のバランス

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【腰痛緩和と人生のバランス】

おはようございます。

火曜日ですね。
今日も結局、お休みを取得し、結果6連休の私です。
なんやかんやと言われながらも
やはり、健康第一ですね。

土曜日にちょっと、不自然な体勢でお仕事をしていたら
『あらら?腰がおかしい』となり、
歩けなくなってしまいました。

そもそも、私の背骨は横から見てS字曲線がそれほど大きくなく
ヘルニアになりやすい体型のようです。
数年前にレントゲンで発覚しました。(笑)

高校時代には、サッカーで腰を蹴られてから
毎年、寒くなると何らかの影響が出るようになり、
この年になって、改めて健康の大事さを考えるようになりました。

毎晩、うつ伏せに寝て
背中の上に娘が乗っかり、圧力をかけてもらっています。
そうすると、『バキッ!』って鳴くんですよ。

気分的にもスッキリして、治った感があり、
毎日続けているのですが、出張中や
娘が試験で忙しい時にはキャンセルとなります。

次第に体調が思わしくなくなり、歩けなくなり。。。
という状況の繰り返しですね。
健康第一ですね。

何度か、『金の卵とガチョウ』の話を伝えていますが、
我ながら、ガチョウを大事にしてはいるものの
まだ、足りていないというように悲鳴を上げたんでしょうね。
私の体も我慢せずに鳴くようです。(笑)
20161122_baransu
何事も、一生懸命行うのは美徳のようですが、
ガチョウを殺してしまっては意味がなく、
まぁ、『ほどほどに』という言葉が当てはまるのでしょうね。

明日は、実家で芝刈りです。
雨ならやめます。
そのくらい、臨機応変な対応で良いでしょう。
あと、痛くなったらやめます。(笑)

寒さが厳しくなると、守りの姿勢になってしまい、
不自然な姿勢になりますね。
気をつけるようにします。
worklifebalanse

そもそも、欲しいものを【production】
その能力を【production capability】といい、
そのバランスを考えないといけません。

欲しいものばかりを追い求めると
【production capability】である『ガチョウ』を
殺してしまいます。
また、【production capability】を大事にしすぎると
【production】である欲しいものを得ることができない
という現象が発生します。

私の場合、スケジュール通りに進めて
結果を得たかったのですが、
『ガチョウ』が悲鳴を上げました。

何事もバランスが大事ですね。
今日も実家にはいきますが、
大雨で芝刈りを行うと、風邪をひくということが
予想されるので、天候次第で
【決断】を下さないといけないということを
念頭に入れて動かないといけないですね。

決断するということは、引き返さずに前進あるのみです。

毎日が成長であり、
昨日の自分より今日の自分が成長しているはずなのです。

常に前に。
ついてる!ついてる!ついてる!感謝です。

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今日も一日、頑張っていきましょう。
最後まで読んでいただきありがとうございます。

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福山 紫生(Syo Fukuyama)

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はじめまして 福山紫生と申します。 千葉県松戸市生まれで 幼少期は東京都立川市で育ちました。 中学時代はサッカー部でした。 ポジションはスウィーパーという ゴールキーパー前の掃除人でした。 当時の体は170cm、80kgという サッカーにはふさわしくない体形をしており、 試合中、相手にけがをさせてしまい 救急車を呼んだこともありました。 チームメートからは「重戦車」とも呼ばれていました。 高校時代は一変し、帰宅部となり 受験勉強に勤しみました。 毎日のスケジュールをしっかりと立て 当時、テレビを見るという悪い癖を克服するために 帰宅後、18時から22時までの4時間を睡眠時間とし ゴールデンタイムにテレビをつけることもなくなりました。 22時から夕食、23時から明け方まで勉強をし、 オールナイトニッポンというラジオ番組が友達になりました。 無事、高校3年11月で早稲田大学の推薦をもらい その後は、自動車、オートバイなどの運転資格免許をとり 親の車を乗り回して、遊んでいました。 大学時代は、ミーハーサークルに所属し テニスやスキー、アルバイトに勤しみ、 勉強については、それほど、力を入れていませんでした。 早稲田大学を卒業後 株式会社ダイエーへ入社し、2年で退社しました。 ここにいても「自分らしさを出すことはできない」と 思ったからです。 その後、運送業を行い、体調を崩し、6年で廃業しました。 そして、医療器械の国内輸入商社へ入社しました。 国内医療機器の販売を行う際の2年目に ナポレオンヒルプログラムを学び、 成績優秀者として、表彰されたこともありました。 自分は順風満帆の会社員生活を送っていたと思っていました。 しかしながら、考え方が大きく変化したのは 2002年に子供が誕生したときです。 誕生時、未熟児、且つ様々な病気をもって 生まれてきた娘は3か月の入院後、退院してきました。 その間、仕事が手につかず、お休みがちになっていましたが、 会社からは「君の代わりはたくさんいる。」と告げられました。 このとき、自らが会社に貢献していないと、 「いらない」と言われてしまうんだなぁと感じました。 娘は完全治癒では、ありませんでしたが、 世話を嫁に任せ、私は日常業務に勤しみました。 娘は10年間後遺症は出ませんでしたが、 2012年に後遺症が発生し、現在も通院治療を行っています。 その後遺症が障害となり、苦しむ中、 父親としては、時間とお金のかかる 娘の治療に専念したいという思いから 挑戦し続けています。 2011年に国内商社から外資系商社へ転職し、 そして、現在に至ります。