夢への軌跡_価格で買わず、価値で買う

20161015_価格で買わず、価値で買う。

【価格で買わず、価値で買う。】

おはようございます。
昨晩遅くに盛岡に到着しました。
繁華街は12時を過ぎても、にぎやかでした。
だいぶ寒くなってきており、1桁の温度を見たときには
関東との差を感じました。

さて、今日のお題は【価格で買わず、価値で買う。】です。

色々な製品を購入する機会に恵まれますが、
私の場合、100円ショップでありそうな場合、
とりあえず、探して良さげな製品を購入することを考えます。
20161015_valueandprice
理由は壊れても良い製品であれば、100円で十分だからです。
個人的な感覚で100円では難しいと判断したときには
しっかりとした専門店で購入します。

今、文房具は100円ショップで十分ですね。
色々な筆記具が揃っています。
しかし、パイロットが製造しているフリクションについては
100円ショップでは購入できません。

消せるボールペンという【価値】が伴っているからです。
70度の温度になれば、消えてしまうインクです。
リフィルもあるので、1本購入してリフィルで対応すると
ほぼ、壊れるまで利用できますね。
これも【価値】が付加されています。

また、海外旅行の際に、飛行機の座席グレードで
『エコノミークラス』と『ビジネスクラス』があります。

どちらを選択するのかは、人それぞれですが、
『ビジネスクラス』の【価値】は
・体を横にできる。
・食事がレストランと同様である。
・スプーンやフォークが金属である。
・アルコールを含み、飲み放題である。
・客室乗務員の割り当てが多い。
というのが、概ね、意味するところですが、
更に、『ビジネスクラス』にはもっと凄い背景があります。

『ビジネスクラス』を選択する人は
・芸能人かもしれない。
・財界人かもしれない。
・偉い人かもしれない。
ということは、人脈作りには
非常に良い場となります。

そのような人とは、アポイントを取得しても
会うことができないのに、
偶然を装い、数時間、若しくは十数時間も
隣で話をする機会に恵まれるわけです。

その【価値】は買えないですね。
隣の席に、ソフトバンクの孫さんだったり、
楽天の三木谷さんだったりする可能性も
ないとは言えないわけです。

非常に高いお金を払って、
『ビジネスクラス』を選択したと思っても
それ以上の【価値】が訪れるかもしれないわけです。

このような観点を持っていると
【価格で買わず、価値で買う】ということが
理解できると思います。

決断するということは、引き返さずに前進あるのみです。

毎日が成長であり、
昨日の自分より今日の自分が成長しているはずなのです。

常に前に。
ついてる!ついてる!ついてる!感謝です。

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自分のあるべき姿が見えてきます。
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今日も一日、頑張っていきましょう。
最後まで読んでいただきありがとうございます。

いつも、「いいね」と「コメント」をありがとうございます。

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福山 紫生(Syo Fukuyama)

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ABOUTこの記事をかいた人

はじめまして 福山紫生と申します。 千葉県松戸市生まれで 幼少期は東京都立川市で育ちました。 中学時代はサッカー部でした。 ポジションはスウィーパーという ゴールキーパー前の掃除人でした。 当時の体は170cm、80kgという サッカーにはふさわしくない体形をしており、 試合中、相手にけがをさせてしまい 救急車を呼んだこともありました。 チームメートからは「重戦車」とも呼ばれていました。 高校時代は一変し、帰宅部となり 受験勉強に勤しみました。 毎日のスケジュールをしっかりと立て 当時、テレビを見るという悪い癖を克服するために 帰宅後、18時から22時までの4時間を睡眠時間とし ゴールデンタイムにテレビをつけることもなくなりました。 22時から夕食、23時から明け方まで勉強をし、 オールナイトニッポンというラジオ番組が友達になりました。 無事、高校3年11月で早稲田大学の推薦をもらい その後は、自動車、オートバイなどの運転資格免許をとり 親の車を乗り回して、遊んでいました。 大学時代は、ミーハーサークルに所属し テニスやスキー、アルバイトに勤しみ、 勉強については、それほど、力を入れていませんでした。 早稲田大学を卒業後 株式会社ダイエーへ入社し、2年で退社しました。 ここにいても「自分らしさを出すことはできない」と 思ったからです。 その後、運送業を行い、体調を崩し、6年で廃業しました。 そして、医療器械の国内輸入商社へ入社しました。 国内医療機器の販売を行う際の2年目に ナポレオンヒルプログラムを学び、 成績優秀者として、表彰されたこともありました。 自分は順風満帆の会社員生活を送っていたと思っていました。 しかしながら、考え方が大きく変化したのは 2002年に子供が誕生したときです。 誕生時、未熟児、且つ様々な病気をもって 生まれてきた娘は3か月の入院後、退院してきました。 その間、仕事が手につかず、お休みがちになっていましたが、 会社からは「君の代わりはたくさんいる。」と告げられました。 このとき、自らが会社に貢献していないと、 「いらない」と言われてしまうんだなぁと感じました。 娘は完全治癒では、ありませんでしたが、 世話を嫁に任せ、私は日常業務に勤しみました。 娘は10年間後遺症は出ませんでしたが、 2012年に後遺症が発生し、現在も通院治療を行っています。 その後遺症が障害となり、苦しむ中、 父親としては、時間とお金のかかる 娘の治療に専念したいという思いから 挑戦し続けています。 2011年に国内商社から外資系商社へ転職し、 そして、現在に至ります。