夢への軌跡_行動する人と継続する人

20161010_行動する人と継続する人

【行動する人と継続する人】

おはようございます。

今日の関東は雨無しで過ごせそうですね。
お父さんはやることがたくさんあります。

裏庭の掃除、空き地の草刈り、洗車
今日はこのくらいの目安で過ごす予定です。

とは言え、長いもので今日は【結婚記念日】です。
妻に感謝の意を示して、お金はないので言葉だけです。(笑)
18年経過です。
いろいろなことが走馬灯のように流れますね。
全て良い思い出です(笑)

さて、今日のお題は、【行動する人と継続する人】です。
まずは、【行動する人】は全体の20%と言われます。

20161010_koudousuruhito

【パレートの法則】はご存知でしょうか?
俗称、【80:20】の法則と言います。

「全体の活動の20%で80%の成果を得ている。」
という考え方です。
企業で言えば、
「20%の優秀な人が80%の売り上げを支えている。」
ということになりますね。
そのような【行動する人】の中に
【行動を継続する人】がいます。

その【行動を継続する人】は全体の1%だそうです。
100人の企業ではたった一人となります。

しかし、その一人が重要なんですね。
【行動を継続する人】は【成功する人】です。

例えば、食事について
『腹八分目』を行う人、そして、継続する人
『糖質制限』を行う人、そして、継続する人

例えば、筋トレについて
『ワンダーコア』を行う人、そして、継続する人
『スクワット』を行う人、そして、継続する人

1年継続したら、結果は大きく異なりますね。
私は、『糖質制限』を行って、もうすぐ1年です。
結果は、言わずもがな、ついてきています。
10月19日が一年検診ですが、昨年とは別人というくらいの
数値となると思います。

筋トレについては、残念ながら、
【行動を継続する人】には至っていません。

何事も継続ですね。
結婚記念日を境に、一念発起で「筋トレ」を頑張ります。

決断するということは、引き返さずに前進あるのみです。

毎日が成長であり、
昨日の自分より今日の自分が成長しているはずなのです。

常に前に。
ついてる!ついてる!ついてる!感謝です。

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自分のあるべき姿が見えてきます。
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今日も一日、頑張っていきましょう。
最後まで読んでいただきありがとうございます。

いつも、「いいね」と「コメント」をありがとうございます。

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福山 紫生(Syo Fukuyama)

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ABOUTこの記事をかいた人

はじめまして 福山紫生と申します。 千葉県松戸市生まれで 幼少期は東京都立川市で育ちました。 中学時代はサッカー部でした。 ポジションはスウィーパーという ゴールキーパー前の掃除人でした。 当時の体は170cm、80kgという サッカーにはふさわしくない体形をしており、 試合中、相手にけがをさせてしまい 救急車を呼んだこともありました。 チームメートからは「重戦車」とも呼ばれていました。 高校時代は一変し、帰宅部となり 受験勉強に勤しみました。 毎日のスケジュールをしっかりと立て 当時、テレビを見るという悪い癖を克服するために 帰宅後、18時から22時までの4時間を睡眠時間とし ゴールデンタイムにテレビをつけることもなくなりました。 22時から夕食、23時から明け方まで勉強をし、 オールナイトニッポンというラジオ番組が友達になりました。 無事、高校3年11月で早稲田大学の推薦をもらい その後は、自動車、オートバイなどの運転資格免許をとり 親の車を乗り回して、遊んでいました。 大学時代は、ミーハーサークルに所属し テニスやスキー、アルバイトに勤しみ、 勉強については、それほど、力を入れていませんでした。 早稲田大学を卒業後 株式会社ダイエーへ入社し、2年で退社しました。 ここにいても「自分らしさを出すことはできない」と 思ったからです。 その後、運送業を行い、体調を崩し、6年で廃業しました。 そして、医療器械の国内輸入商社へ入社しました。 国内医療機器の販売を行う際の2年目に ナポレオンヒルプログラムを学び、 成績優秀者として、表彰されたこともありました。 自分は順風満帆の会社員生活を送っていたと思っていました。 しかしながら、考え方が大きく変化したのは 2002年に子供が誕生したときです。 誕生時、未熟児、且つ様々な病気をもって 生まれてきた娘は3か月の入院後、退院してきました。 その間、仕事が手につかず、お休みがちになっていましたが、 会社からは「君の代わりはたくさんいる。」と告げられました。 このとき、自らが会社に貢献していないと、 「いらない」と言われてしまうんだなぁと感じました。 娘は完全治癒では、ありませんでしたが、 世話を嫁に任せ、私は日常業務に勤しみました。 娘は10年間後遺症は出ませんでしたが、 2012年に後遺症が発生し、現在も通院治療を行っています。 その後遺症が障害となり、苦しむ中、 父親としては、時間とお金のかかる 娘の治療に専念したいという思いから 挑戦し続けています。 2011年に国内商社から外資系商社へ転職し、 そして、現在に至ります。