夢への軌跡_ストレスチェック

20161004_ストレスチェック

【ストレスチェック】

おはようございます。

昨日の関東は雨と晴れの混ざったような天気で
午後から雨となり、やる気も失せてしましました。

天候に左右されるようであれば、
自分もまだまだだなと納得し、
今日からの業務に勤しみます。

さて、今日のお題は【ストレスチェック】です。
10月の初営業日であった昨日に
私が所属する人事総務より『ストレスチェック』を受けてくれ
との指示メールが飛んで、第三者機関を利用し、
社内の状況を確認するとのことでした。

私は、いち早く、昨晩チェックを受けたのですが、
90点満点中、45点ということは
「病気に至る心配なし、自分で処理しろ。」
とのつれない回答でした。(笑)

まぁ、今の状況の不満は、
『移動時間が長い、テリトリーが大きい。
社内ではじき者になっている。』
という程度の不満で、上司に対しては、
『期待していないから評価もそれなり。』

チームに対しても
『理解しないのは、その人の実力。』
という【職人技】を極めているので
コンピュータも「問題なし」と判断したのでしょうね。

しかし、瞬時に出る回答に思わず、苦笑いでした。
素直にチェックしたので、『会社責任で鬱になる心配なし。』
と自負いたします。
sutoresukaishoufemale
これからの時代は、会社も従業員をしっかりと管理するために
このようなテストを行って評価を出し、
第三者機関に確認するのでしょうね。

確かに、ここ数年、
『何人、やめていったかなぁ?』と
指を折って数えると
両手では足りないという事実に驚愕しました。(泣)
それも、『鬱』が大半でした。

メンタルの強さが、人生を制すのかもしれませんね。

会社(企業)としては、
従業員を留めるために、色々な状況把握を行い、
改善を努めるという体裁を整えるのが筋ですね。

個人としては、
病気にならないように、自己管理が必要ですね。
自分の身を守るもの自分、飛躍するのも自分ですね。

私は、個人として飛躍したいので
余生をエンジョイします。
まだ、アラフィフですけど。。。(笑)
まだまだ、羽ばたきます。飛ぶぞ。(喝)

決断するということは、引き返さずに前進あるのみです。

毎日が成長であり、
昨日の自分より今日の自分が成長しているはずなのです。

常に前に。
ついてる!ついてる!ついてる!感謝です。

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今日も一日、頑張っていきましょう。
最後まで読んでいただきありがとうございます。

いつも、「いいね」と「コメント」をありがとうございます。

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福山 紫生(Syo Fukuyama)

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はじめまして 福山紫生と申します。 千葉県松戸市生まれで 幼少期は東京都立川市で育ちました。 中学時代はサッカー部でした。 ポジションはスウィーパーという ゴールキーパー前の掃除人でした。 当時の体は170cm、80kgという サッカーにはふさわしくない体形をしており、 試合中、相手にけがをさせてしまい 救急車を呼んだこともありました。 チームメートからは「重戦車」とも呼ばれていました。 高校時代は一変し、帰宅部となり 受験勉強に勤しみました。 毎日のスケジュールをしっかりと立て 当時、テレビを見るという悪い癖を克服するために 帰宅後、18時から22時までの4時間を睡眠時間とし ゴールデンタイムにテレビをつけることもなくなりました。 22時から夕食、23時から明け方まで勉強をし、 オールナイトニッポンというラジオ番組が友達になりました。 無事、高校3年11月で早稲田大学の推薦をもらい その後は、自動車、オートバイなどの運転資格免許をとり 親の車を乗り回して、遊んでいました。 大学時代は、ミーハーサークルに所属し テニスやスキー、アルバイトに勤しみ、 勉強については、それほど、力を入れていませんでした。 早稲田大学を卒業後 株式会社ダイエーへ入社し、2年で退社しました。 ここにいても「自分らしさを出すことはできない」と 思ったからです。 その後、運送業を行い、体調を崩し、6年で廃業しました。 そして、医療器械の国内輸入商社へ入社しました。 国内医療機器の販売を行う際の2年目に ナポレオンヒルプログラムを学び、 成績優秀者として、表彰されたこともありました。 自分は順風満帆の会社員生活を送っていたと思っていました。 しかしながら、考え方が大きく変化したのは 2002年に子供が誕生したときです。 誕生時、未熟児、且つ様々な病気をもって 生まれてきた娘は3か月の入院後、退院してきました。 その間、仕事が手につかず、お休みがちになっていましたが、 会社からは「君の代わりはたくさんいる。」と告げられました。 このとき、自らが会社に貢献していないと、 「いらない」と言われてしまうんだなぁと感じました。 娘は完全治癒では、ありませんでしたが、 世話を嫁に任せ、私は日常業務に勤しみました。 娘は10年間後遺症は出ませんでしたが、 2012年に後遺症が発生し、現在も通院治療を行っています。 その後遺症が障害となり、苦しむ中、 父親としては、時間とお金のかかる 娘の治療に専念したいという思いから 挑戦し続けています。 2011年に国内商社から外資系商社へ転職し、 そして、現在に至ります。