夢への軌跡_婆との電話は止まらない

20170822_婆との電話は止まらない

 

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【婆との電話は止まらない。】

 

 

おはようございます。

 

火曜日です。

まだまだ、2日目ですが、

今週も頑張っていきましょう。

 

昨日、月曜日は、1施設に3時間滞在して

3人に面談して非常に効率の良い成果を

示してきました。

 

その後は、千葉県を東奔西走、

走りまくり、無事に自宅に到着した時には、

何か、異様な感触を受けました。

 

そうなんです。

 

小粒ちゃんが、年寄慣れしてきたのか

私の母親に電話で話しているのです。

困ったもんだ。

 

ということで、今日のお題は、

【婆との電話は止まらない】です。

 

これが、私にとっての義母であれば、

『いつもお世話になっています。』という

気持ちで接することが出来るのですが、

実母は・・・

 

過去の因縁もあり、

そして、わがままなところもあり、

感情的な反応をどうしても

したくなってしまう相手となります。

 

「寂しい」という気持ちを本人が

持っているにも関わらず、

サポートに来てくれる人の悪口のみを

言ったりすることが

大きな原因です。

 

その我儘な実母と更に我儘な小粒ちゃんが

電話で1時間も話をしていたという事実は

双方からクレームが入りそうで

どうしても、

個人的には納得が出来なかったです。(笑)

 

そうなんです。聞いてしまったのです。

 

我が母親の一言を。。。

 

「小粒ちゃん、

 ちゃんと話ができるようになったね。」

 

この言葉が出てきた際には、絶句です。

 

我が家では、スピーカーで話すことが多いので

そのセリフ、昔のねるとん紅鯨団では

 

『ちょっと、まったぁ~』

と言いたくなるようなセリフです。

 

古かったでしょうか? (笑)

 

小粒ちゃんは確かに少々会話につじつまが

合わないことが多いのは事実ですが、

祖母がそれを言わんでも良いでしょ?

 

ましてや、

1時間も自分の話に付き合ってもらった

挙句に。。。

 

とは、私の意見です。

 

その後は、そそくさと切りましたが、

昨日の法事の際に、気になった

人間ウォッチングをしていて

楽しいと感じるのは、

自分に関係のない人とか

影響のない人が中心なんだなぁと思いました。

 

私にしてみれば、帰宅後、

早々のハプニングに、『マジ?』という

気持ちと、本当にそのセリフは

電話から聞こえてきている言葉だろうか?

とも疑い始めました。

 

しかしながら、現実でした。

(涙)

 

一応、15歳、中3ですので

それなりの配慮は勉強中ですが、

祖母にそのようなセリフを言われるとは

大きなショックを受けたことでしょう。

 

しかし、

その電話を切った後、小粒ちゃんには

『そう思われていたんだから、これからは、

 しっかり、話そうね。』

とポジティブに捉えました。

 

お母さんと私は、目を合わせて、

目が本当に飛び出るかと思うほどでした。

(笑)

 

よろしくないですね。

 

これも反面教師としてしっかりと

私の学びにしておきます。

昨日の人間ウォッチングが非常に役に立ち

更に、我が母親も同様かと思いつつ

残念な一面を確認してしまいました。

 

あーあ!!!

 

7つの第5の習慣には

『理解してから理解される』

という項目があります。

 

その内容とは、

自分を理解してもらう前に

相手を理解するということです。

 

まず、自分の言い分ばかりを伝えては

相手がどのような印象を持つのか

更には、どのような解決案を

持っているのかがわからないのです。

 

ですから、相手を深く理解することで

自分も理解をしてもらうことができる

となります。

 

人間ウォッチングでは、相手の言い分を

聞いてあげることが最大の仕事となりました。

 

これも訓練の一つであると感じています。

 

70歳を超えても、なかなか、

そのような学びを得ていない人が多いのも

現実ですね。

 

 

 

常に前進ですね。

 

 

今を悔いなく。常に100%で。

今日も一日、頑張っていきましょう。

ついてる!ついてる!ついてる!感謝です。

 

――――――――――――――― 

決断するということは、引き返さずに前進あるのみです。

 

毎日が成長であり、

昨日の自分より今日の自分が成長しているはずなのです。

 

常に前に。

ついてる!ついてる!ついてる!感謝です。

#2017革命

 

――――――――――――――――

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いつも、「いいね」と「コメント」を

ありがとうございます。

 

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福山 紫生(Syo Fukuyama)

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ABOUTこの記事をかいた人

はじめまして 福山紫生と申します。 千葉県松戸市生まれで 幼少期は東京都立川市で育ちました。 中学時代はサッカー部でした。 ポジションはスウィーパーという ゴールキーパー前の掃除人でした。 当時の体は170cm、80kgという サッカーにはふさわしくない体形をしており、 試合中、相手にけがをさせてしまい 救急車を呼んだこともありました。 チームメートからは「重戦車」とも呼ばれていました。 高校時代は一変し、帰宅部となり 受験勉強に勤しみました。 毎日のスケジュールをしっかりと立て 当時、テレビを見るという悪い癖を克服するために 帰宅後、18時から22時までの4時間を睡眠時間とし ゴールデンタイムにテレビをつけることもなくなりました。 22時から夕食、23時から明け方まで勉強をし、 オールナイトニッポンというラジオ番組が友達になりました。 無事、高校3年11月で早稲田大学の推薦をもらい その後は、自動車、オートバイなどの運転資格免許をとり 親の車を乗り回して、遊んでいました。 大学時代は、ミーハーサークルに所属し テニスやスキー、アルバイトに勤しみ、 勉強については、それほど、力を入れていませんでした。 早稲田大学を卒業後 株式会社ダイエーへ入社し、2年で退社しました。 ここにいても「自分らしさを出すことはできない」と 思ったからです。 その後、運送業を行い、体調を崩し、6年で廃業しました。 そして、医療器械の国内輸入商社へ入社しました。 国内医療機器の販売を行う際の2年目に ナポレオンヒルプログラムを学び、 成績優秀者として、表彰されたこともありました。 自分は順風満帆の会社員生活を送っていたと思っていました。 しかしながら、考え方が大きく変化したのは 2002年に子供が誕生したときです。 誕生時、未熟児、且つ様々な病気をもって 生まれてきた娘は3か月の入院後、退院してきました。 その間、仕事が手につかず、お休みがちになっていましたが、 会社からは「君の代わりはたくさんいる。」と告げられました。 このとき、自らが会社に貢献していないと、 「いらない」と言われてしまうんだなぁと感じました。 娘は完全治癒では、ありませんでしたが、 世話を嫁に任せ、私は日常業務に勤しみました。 娘は10年間後遺症は出ませんでしたが、 2012年に後遺症が発生し、現在も通院治療を行っています。 その後遺症が障害となり、苦しむ中、 父親としては、時間とお金のかかる 娘の治療に専念したいという思いから 挑戦し続けています。 2011年に国内商社から外資系商社へ転職し、 そして、現在に至ります。