夢への軌跡_エンパワーメント

20160813_エンパワーメント

【エンパワーメント】という言葉の意味

おはようございます。

今日は土曜日ですね。

連休中の方も多いと思います。

昨日の私は、色々と動き回り、

庭の手入れで終了した一日でした。

庭も今後の課題が山積みということは理解できました。

さて、今日のお題は【エンパワーメント】という言葉になります。

恐らく、生粋の日本人であれば、

馴染みのない言葉であると思います。

では、定義としてはどのような意味なのかをお伝えいたします。

まずは、Globisの定義としては、
エンパワーメントとは、与えられた業務目標を達成するために、
組織の構成員に自律的に行動する力を与えること。
ビジネスにおけるエンパワーメントの特徴は、
「自律性を促し」、「支援する」ことにある。
エンパワーメントとは、
与えられた業務目標を達成するために、
組織の構成員に自律的に行動する力を与えること。
ビジネスにおけるエンパワーメントの特徴は、
「自律性を促し」、「支援する」ことにある。

とのことです。

平たく考えると、【エンパワーメント】とは、

個人同士の信頼関係が成り立ち、

その信頼関係の上に、

Mission をもとに、何をどうすれば、

その Mission が成立するのかを

その個人が考え、行動することとなります。

まずは企業としての、Mission や Vision が必要であり、

その Mission や Vision を、しっかりと受け継いだ人たちが

その Mission や Vision を成立させるために行動することとなります。
20160813_enpowerment

例えば、ある企業で、

患者の命を救うためにある医療用製品のサンプルの依頼を受けたとき、

何をも顧みず、

『承知いたしました。
本日中に弊社営業担当者をサンプルをもって伺わせます。』

と電話口で言ったなら、完璧なエンパワーメントとなりますね。

それが、企業の Mission であり、 Visionですから。

間違いのない方向性となりますね。

逆に、同様事例で、

医師からサンプル依頼を受けたオフィスが、

『営業担当者からの連絡をさせますので
しばらくお待ちください。』と

返答したなら、まずいですね。

どのように解決するかは二の次であり、

何を受けるかに度合いが大きくなります。

電話の応対一つとってみても

重要度が増しますね。

その考え方が企業の、Mission や Vision と合致していれば、

全く、問題のない回答となります。

外資、国内問わず、企業は、自らが属する、

Mission と Vision を、しっかり懇切丁寧に社員に

植え付ける必要がありますね。

特にマネジャーは必須ですね。

それが後回しにされると、

組織崩壊に日に日に近づいていくこととなりますね。

毎日が成長であり、

昨日の自分より今日の自分が成長しているはずなのです。

常に前に。

ついてる!ついてる!ついてる!感謝です。

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やっぱり ≪思い込み≫ っていけませんね。

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今日も一日、頑張っていきましょう。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

いつも、「いいね」と「コメント」をありがとうございます。

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福山 紫生(Syo Fukuyama)

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ABOUTこの記事をかいた人

はじめまして 福山紫生と申します。 千葉県松戸市生まれで 幼少期は東京都立川市で育ちました。 中学時代はサッカー部でした。 ポジションはスウィーパーという ゴールキーパー前の掃除人でした。 当時の体は170cm、80kgという サッカーにはふさわしくない体形をしており、 試合中、相手にけがをさせてしまい 救急車を呼んだこともありました。 チームメートからは「重戦車」とも呼ばれていました。 高校時代は一変し、帰宅部となり 受験勉強に勤しみました。 毎日のスケジュールをしっかりと立て 当時、テレビを見るという悪い癖を克服するために 帰宅後、18時から22時までの4時間を睡眠時間とし ゴールデンタイムにテレビをつけることもなくなりました。 22時から夕食、23時から明け方まで勉強をし、 オールナイトニッポンというラジオ番組が友達になりました。 無事、高校3年11月で早稲田大学の推薦をもらい その後は、自動車、オートバイなどの運転資格免許をとり 親の車を乗り回して、遊んでいました。 大学時代は、ミーハーサークルに所属し テニスやスキー、アルバイトに勤しみ、 勉強については、それほど、力を入れていませんでした。 早稲田大学を卒業後 株式会社ダイエーへ入社し、2年で退社しました。 ここにいても「自分らしさを出すことはできない」と 思ったからです。 その後、運送業を行い、体調を崩し、6年で廃業しました。 そして、医療器械の国内輸入商社へ入社しました。 国内医療機器の販売を行う際の2年目に ナポレオンヒルプログラムを学び、 成績優秀者として、表彰されたこともありました。 自分は順風満帆の会社員生活を送っていたと思っていました。 しかしながら、考え方が大きく変化したのは 2002年に子供が誕生したときです。 誕生時、未熟児、且つ様々な病気をもって 生まれてきた娘は3か月の入院後、退院してきました。 その間、仕事が手につかず、お休みがちになっていましたが、 会社からは「君の代わりはたくさんいる。」と告げられました。 このとき、自らが会社に貢献していないと、 「いらない」と言われてしまうんだなぁと感じました。 娘は完全治癒では、ありませんでしたが、 世話を嫁に任せ、私は日常業務に勤しみました。 娘は10年間後遺症は出ませんでしたが、 2012年に後遺症が発生し、現在も通院治療を行っています。 その後遺症が障害となり、苦しむ中、 父親としては、時間とお金のかかる 娘の治療に専念したいという思いから 挑戦し続けています。 2011年に国内商社から外資系商社へ転職し、 そして、現在に至ります。