夢への軌跡_ガスを抜いてあげることも営業の方法

20170224_ガスを抜いてあげることも営業の方法

 

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【ガスを抜いてあげることも営業の方法】

 

 

おはようございます。

 

やっときました金曜日ですね。

今週は同行の多い週にも関わらず、

小粒ちゃんの救急車事件と言うことで

お父さんも四苦八苦していました。

 

通常営業が上手く回転せず、

なかなか、満足のいく結果ではなかったのは事実です。

 

ましてや、同行が多く、

途中で投げ出す始末で、

相手方にはたくさんご迷惑をかけました。

 

改めて同行をお願いいたします。(笑)

 

さて、今日のお題は

【ガスを抜いてあげることも営業の方法】

です。

 

私のモットーとして、顧客満足度を追求することが

ビジネスの繁栄になると常々考えています。

 

逆の原則はないとも考えています。

企業側が顧客満足度を度外視して

永続的繁栄はないと言えるからですね。

 

とはいうものの、時間とお金の使い道については

非常に大事であり、信頼関係を築くには

どうしても天秤にかけざるを得ない状況となります。

 

もしも、仮に年に2回、半年に1回

1時間だけ、お話にお付き合いをすることで

先方の不平不満が解消され、

長いビジネスの成果が得られるのであれば

【お得感】がないでしょうか?

 

特別、どうしても伝えなければならない内容ではなく

しかしながら、面談することに意義があり、

定期的に顔をみることによって

永続的なビジネスの確率ができるとしたら・・・

素晴らしいですよね。

 

そのビジネスは年間●●●万円です。

 

我々にとって、8ケタの数字を大きく立てるよりも

年間数百万円のビジネスがいくつもあることが望ましいのです。

 

10年継続できれば、ケタが変わります。

 

労力は年間2時間のみ。

これは凄いですね。

でも、そのようにファンを引き付けることが

必要なのですね。

 

もちろん、信頼関係を築いたうえでの2時間ですので

非常にたわいもない世間話で終了します。

 

事実、今日がその日でした。

『本当に、これで良いのだ!』

という実感が沸いた時に

鳥肌が立ちました。(@_@)

 

過去数年も同じことを行っていたのですが、

今日は引継ぎの日、後輩君をしっかりと紹介し、

この時間を設けました。

 

後輩君曰く、

「これは、福山さんだからできる技です。」

『そうかなぁ。少し勉強すれば、後輩君でも可能でしょ?』

「いやぁ、多くの人の名前が出てきているので。。。」

『それも、勉強でしょ。

 まぁ、年に2回程度だから、また連れてきてよ。』

 

で終わりました。

 

こんなビジネス構築は理想像であって

実際にはないと感じていましたが、

後輩君と一緒にいると、『本当なんだなぁ』

『すごいビジネスだなぁ』とも感じました。

 

日本人は、良く、社内での飲みにケーションという名目で

居酒屋に行くことが多いですが、

それは、愚痴の言い合いであって、ガス抜きですよね。

顧客のガス抜きは、ビジネスになるんですよ。

それが、理解できると、ビジネスって楽しくなりますね。

 

 

今を悔いなく。常に100%で。

今日も一日、頑張っていきましょう。

ついてる!ついてる!ついてる!感謝です。

 

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決断するということは、引き返さずに前進あるのみです。

 

毎日が成長であり、

昨日の自分より今日の自分が成長しているはずなのです。

 

常に前に。

ついてる!ついてる!ついてる!感謝です。

#2017革命

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福山 紫生(Syo Fukuyama)

 

 

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ABOUTこの記事をかいた人

はじめまして 福山紫生と申します。 千葉県松戸市生まれで 幼少期は東京都立川市で育ちました。 中学時代はサッカー部でした。 ポジションはスウィーパーという ゴールキーパー前の掃除人でした。 当時の体は170cm、80kgという サッカーにはふさわしくない体形をしており、 試合中、相手にけがをさせてしまい 救急車を呼んだこともありました。 チームメートからは「重戦車」とも呼ばれていました。 高校時代は一変し、帰宅部となり 受験勉強に勤しみました。 毎日のスケジュールをしっかりと立て 当時、テレビを見るという悪い癖を克服するために 帰宅後、18時から22時までの4時間を睡眠時間とし ゴールデンタイムにテレビをつけることもなくなりました。 22時から夕食、23時から明け方まで勉強をし、 オールナイトニッポンというラジオ番組が友達になりました。 無事、高校3年11月で早稲田大学の推薦をもらい その後は、自動車、オートバイなどの運転資格免許をとり 親の車を乗り回して、遊んでいました。 大学時代は、ミーハーサークルに所属し テニスやスキー、アルバイトに勤しみ、 勉強については、それほど、力を入れていませんでした。 早稲田大学を卒業後 株式会社ダイエーへ入社し、2年で退社しました。 ここにいても「自分らしさを出すことはできない」と 思ったからです。 その後、運送業を行い、体調を崩し、6年で廃業しました。 そして、医療器械の国内輸入商社へ入社しました。 国内医療機器の販売を行う際の2年目に ナポレオンヒルプログラムを学び、 成績優秀者として、表彰されたこともありました。 自分は順風満帆の会社員生活を送っていたと思っていました。 しかしながら、考え方が大きく変化したのは 2002年に子供が誕生したときです。 誕生時、未熟児、且つ様々な病気をもって 生まれてきた娘は3か月の入院後、退院してきました。 その間、仕事が手につかず、お休みがちになっていましたが、 会社からは「君の代わりはたくさんいる。」と告げられました。 このとき、自らが会社に貢献していないと、 「いらない」と言われてしまうんだなぁと感じました。 娘は完全治癒では、ありませんでしたが、 世話を嫁に任せ、私は日常業務に勤しみました。 娘は10年間後遺症は出ませんでしたが、 2012年に後遺症が発生し、現在も通院治療を行っています。 その後遺症が障害となり、苦しむ中、 父親としては、時間とお金のかかる 娘の治療に専念したいという思いから 挑戦し続けています。 2011年に国内商社から外資系商社へ転職し、 そして、現在に至ります。