夢への軌跡_親父からの電話

20190711_親父からの電話

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【親父からの電話】

 

おはようございます。

711日 木曜日です。

 

今日も梅雨の中休みで曇り且つ雨なしでしょうか?

 

雨なしは日頃、動いている人にとっては

嬉しいですね。

 

私もクルマですが、

日々、 on the move の状況です。

 

昨日も400km以上の走行距離でした。

いくらプリちゃんでも燃料を入れないと。。。

 

そして、今日も400kmを超えそうです。(笑)

 

私は、運転手ではなく営業職なんですけど、

実働は運転手かも?

 

と錯覚に陥ります。

 

昨日、ちょっと早めに帰宅できたのですが、

英語のレッスンを受けておらず、

家で受講しようと考えたのが間違いでした。

 

お母さんに利用されました。(笑)

 

結局、英語のレッスンは取りやめとなり

せっかく勉強した内容は、無駄に近い状態となりました。

 

やはり、外出中にレッスンを受けないと

いけないなぁと感じました。

 

我が家にいると、私は、自由に自分の時間を

利用できないということを痛感しました。

 

宜しくないですねえ。

これも「かかあ天下」の影響でしょう。

 

その後、親父からの電話がありました。

実父となります。

 

ということで今日のお題は、

【親父からの電話】です。

 

内容的には、お袋の老健施設からの退所が

決まったようで、

その連絡と、今後の話となりました。

 

そもそも、お袋が老健施設から対処できるのは

ケアマネのおかげともなります。

 

ケアマネが、しっかりとフォローしてくれたから

この結果につながったのでしょう。

 

再三再四、私にも連絡がありました。

 

「本当にお母さんを自宅に戻して良いですか?」

 

『本人が求めている内容なのでOKですよ。』

 

「お母さんが戻られると、お父さんの安全が・・・」

 

『良いと思いますよ。長くない余生なので

 2人でしっかりと考えた方が良いと思います。』

 

「帰宅後直後ということも・・・」

 

『良いんじゃないですか?

 施設で嫌々ながら、生きていることに

 嫌気がさしているのですから。

 そして、親父もお袋も求めていることですから。

 必要であれば、一筆書きましょうか?

 サインでもなんでもしますよ。』

 

と言い放ったら、やっと理解してもらえたようで

7月中の退所が決定しました。

 

それからの親父との電話での会話です。

 

『結局さぁ。ケアマネも自宅に戻すことに抵抗があるのは

 どっちかが、危険に遭遇する可能性が高いからなんだよ。』

 

「何が?」

と親父。

 

『老老介護で2人とも介護認定だから、

 返したくないんだよね。施設としては。』

 

「私たちが望んでいることだよ。」

 

『だから、老老介護じゃない。』

 

という内容から、死生観に及びました。

 

医療従事者としては、どのような患者であっても

例え、患者が赤ちゃんでも

老人でも、犯罪者でも、不運に事故に遭遇した患者でも

 

命は同じ価値なのです。

 

したがって、例え、オーバー80の老人であっても

安全に過ごしてもらうことが必要だと考えているのです。

 

夫婦揃って生活ができるということが

大切であることが理解しつつも

どちらかに危険が及ぶような内容であれば、

誰もが、抵抗するのです。

 

我が両親の場合も同様です。

 

痛みに弱い私の両親は、

「今生の別れ」と言いつつ

救急車を呼びます。

 

そのくせ、

調子が良くなると、病院から脱走します。(笑)

 

更に、入院期間中の医療行為は

通院で十分にまかなえる程度の内容となります。

 

その旨を伝えて、今後をしっかりと

夫婦で話をしてもらいたいと伝えました。

 

そのためのお袋の退所となります。

 

「いつ死んでも良い!」

というのが口癖の我が両親ですが、

救急車を呼びたがります。

 

その内容に触れた時、

『いつ死んでも良くないんじゃないの?』

と言うと、

「苦しいから救急車を呼んだんだ。」

と言います。

 

『救急車を呼ぶと言うことは、「助けてほしい」と

 言うことだよ。だから、医療従事者は、

 どうあっても助けるわけさ。』

 

例え、犯罪者であっても。。。

 

「・・・」

 

『終の住処と言うことを考えるのであれば、

 どこが適切なのかを

 一緒に生活する1週間くらいで考えないといけないよ。』

 

生産性人口に含まれなくても

医療従事者は助けますから。

 

自宅で最期を迎えるのであれば、

DOAというステイタスを選択しなくてはなりません。

 

Dead On Arrival

の略となります。

 

病院に到着していた時には、亡くなっていた

という状況ですね。

 

親から学ぶ死生観ですねぇ。

 

義父の亡くなり方が手本になっています。

彼は、雨戸を閉めようとして心筋梗塞を起こし、

そのままDOAとなりました。

 

自分の死生観を押し付けるつもりはありませんが、

客観的に見ると、どうしても納得のできない

我が両親の過去の行動があります。

 

【親父からの電話】は

自分の死生観をしっかりと見据え直す

良いきっかけとなりました。

 

どのように時間を過ごすかは

非常に大切ですね。

 

私にとっては、昨日のレッスンが

受けられなかったことについて

30分を生み出せなかったことに悔いが残ります。

 

死生観を考えるにも

まずは、目前の目標をしっかりとこなすことですね。

    

何事も経験です。 

これも学びですねぇ。

 

人間、一人では生きていかれないのです。

自分に関わる全ての人に、

そして、身の回りの道具に、

更には、自分自身にも感謝です。

 

にゃんにゃん。。

 

今日は、木曜日です。 

昨日は夕方からの大きな下落に遭遇して

トレーリングストップに引っかかりました。

 

うねりを取るということは難しいですね。

まだまだ、練習が必要です。

 

さて、今日の動きを確認すると、

DJIが上

WTIが上

となると上目線ですね。

 

AUD/USDも大きく上昇しているので

ドル高への動きが強そうです。

エセアナリストですけど。。。(笑)

  

今週はアゲアゲで利確できるかも?

という期待値は大きく楽しみましょう。

    

ぼちぼち、政府も動き出しましたね。

今度は、3000万ですね。

簡単に定年後必要資金を釣り上げないで欲しいなぁ。

   

エセアナリストのお仕事です。(笑)

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夢への軌跡_FX_おじえん_相場環境認識_20190707

https://fukuyama-syo.com/archives/11732

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夢への軌跡_FX_どるえん_相場環境認識_20190707

https://fukuyama-syo.com/archives/11725

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収縮と伸長の繰り返しです。

2018年のドル円の年ボラは10円ちょっとです。

  

平均値は16円程度です。

 

と言うことは、

2019年は反動がくるのではないか?

と考えています。

  

エリオットで数えていきましょう。

 

いつか来るであろう、毎日給料日と

考えています。はいっ! 

    

負けないトレードを目指します。

  

個人的な目標は週に100 pipsです。

この技術があれば、怖いことはないですね。

 

色々な考え方がありますが、

それぞれの通貨で、

しっかりと、学んでおくと

失敗は少なくなりますね。

 

「えふえっくす」は心理学の一つかもしれません。

  

このようなアナリスト気分になれるのは

やはり、学びです。

 

学びは力になりますね。

https://fukuyama-syo.com/2019

  

【学ぼう! えふえっくす!!!】

スタートミーアップ 「えふえっくす」 です。

 

学んでみませんか?無料です。

全国展開中です。

 

興味があれば、覗いてみましょう。   

その後の判断は、自分で考えてくださいね。

 

学びは裏切りませんので

まずは、学んでからトライしていきましょう。   

  

「えふえっくす」で勝敗を分ける理由は、

・情報不足

・慢心

・思い込み

となります。

  

今や、感情を度外視したトレードも可能ですね。

感情トレードは資産を溶かします。

ですから、学びましょう。

 

学びを怠ると、自分の力にはなりません。

https://fukuyama-syo.com/2019

  

にゃんにゃんにゃん。。。

 

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今を悔いなく。常に100%で。

今日も一日、頑張っていきましょう。

ついてる!ついてる!ついてる!感謝です。

 

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決断するということは、

引き返さずに前進あるのみです。

 

毎日が成長であり、

昨日の自分より今日の自分が

成長しているはずなのです。

 

常に前に。

ついてる!ついてる!ついてる!感謝です。

#FX

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ありがとうございます。

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福山 紫生(Syo Fukuyama

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ABOUTこの記事をかいた人

はじめまして 福山紫生と申します。 千葉県松戸市生まれで 幼少期は東京都立川市で育ちました。 中学時代はサッカー部でした。 ポジションはスウィーパーという ゴールキーパー前の掃除人でした。 当時の体は170cm、80kgという サッカーにはふさわしくない体形をしており、 試合中、相手にけがをさせてしまい 救急車を呼んだこともありました。 チームメートからは「重戦車」とも呼ばれていました。 高校時代は一変し、帰宅部となり 受験勉強に勤しみました。 毎日のスケジュールをしっかりと立て 当時、テレビを見るという悪い癖を克服するために 帰宅後、18時から22時までの4時間を睡眠時間とし ゴールデンタイムにテレビをつけることもなくなりました。 22時から夕食、23時から明け方まで勉強をし、 オールナイトニッポンというラジオ番組が友達になりました。 無事、高校3年11月で早稲田大学の推薦をもらい その後は、自動車、オートバイなどの運転資格免許をとり 親の車を乗り回して、遊んでいました。 大学時代は、ミーハーサークルに所属し テニスやスキー、アルバイトに勤しみ、 勉強については、それほど、力を入れていませんでした。 早稲田大学を卒業後 株式会社ダイエーへ入社し、2年で退社しました。 ここにいても「自分らしさを出すことはできない」と 思ったからです。 その後、運送業を行い、体調を崩し、6年で廃業しました。 そして、医療器械の国内輸入商社へ入社しました。 国内医療機器の販売を行う際の2年目に ナポレオンヒルプログラムを学び、 成績優秀者として、表彰されたこともありました。 自分は順風満帆の会社員生活を送っていたと思っていました。 しかしながら、考え方が大きく変化したのは 2002年に子供が誕生したときです。 誕生時、未熟児、且つ様々な病気をもって 生まれてきた娘は3か月の入院後、退院してきました。 その間、仕事が手につかず、お休みがちになっていましたが、 会社からは「君の代わりはたくさんいる。」と告げられました。 このとき、自らが会社に貢献していないと、 「いらない」と言われてしまうんだなぁと感じました。 娘は完全治癒では、ありませんでしたが、 世話を嫁に任せ、私は日常業務に勤しみました。 娘は10年間後遺症は出ませんでしたが、 2012年に後遺症が発生し、現在も通院治療を行っています。 その後遺症が障害となり、苦しむ中、 父親としては、時間とお金のかかる 娘の治療に専念したいという思いから 挑戦し続けています。 2011年に国内商社から外資系商社へ転職し、 そして、現在に至ります。