夢への軌跡_GW1日目のショック_会わなければ良かった?

20190428_GW1日目のショック_会わなければ良かった?

  

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GW1日目のショック_会わなければ良かった?】

 

おはようございます。

428日 日曜日です。

 

今日からだいぶ暖かくなりそうですね。

4月で最高気温13度は、

ちょっと厳しいです。

 

寒いのでパジャマを変更して、

睡眠時の寒さ対策をしました。

 

それも、しっかりと考えないと

今度は暑くて汗かきますよね。

 

それが、風邪の原因になります。

気をつけましょう。

 

さて、今日のお題は、

GW1日目のショック_会わなければ良かった?】

です。

 

GW1日目にしては、ハードワークのお父さんです。

 

小粒ちゃん(ネーネ)の学校は土曜日まで

授業があるので、

お父さんのお仕事は増えます。

 

そして、私の実父母への訪問となります。

 

東京へ入ったあと、我が両親のいる茨城県へ。

入院中の実父より電話で受け、

彼らの自宅に向かい、

雨戸を閉める作業となりました。

 

遠いですね。

 

片道100km以上です。

 

そして、雨戸を閉めた後、

実母のショートステイ先へ。

 

様子を見に行くと、

『あら?元気じゃない?』

と感じるほどでしたが、

 

目標の自分で歩くということには

程遠い様子。

 

しばらく穏やかな会話をして、

実父入院先である総合病院へ向かいました。

 

『元気? 大丈夫そうじゃない?』

 

「俺は、お前に文句が二つある。」

 

『いきなり、何ごと?

 じゃぁ、二つを聞きましょう。

 時系列で話をしてくださいね。

 穏やかではないですね。』

 

「昨日、金曜日の夜、お母さんと話をした。

 一つ目は、鍵も持っていったこと。

 それは、拠り所だったんだよ。

 なぜ、持っていったんだ?

 俺は、治療に専念できないんだよ。」

 

『親父ねぇ。お袋のいる施設は認知の患者が多いんだよ。

 事務所側は、認知の人が鍵を無くさないように

 保管するのが常なんだ。

 

 しかし、自動車の鍵が付属しているよね。

 だから、事務所側は、動産である自動車の所有を避けたいから

 持って帰るように依頼されたんだよ。

 

 そもそも論として、親父もお袋も

 自宅の紛失物を外部に責任を負わせるクセがあるよね。

 誰でも、そのリスクを負いたくないと考えるし、

 そのリスクを回避させることが優先じゃないかなぁ。』

 

「お母さんはそんなこと言ってなかった。」

 

そうなんです。

実父母の家で紛失物が発生すると

「ヘルパーさんが盗んだ。」

と大騒ぎになります。

 

『事情を話したけど、中抜きされているよね。

 で、二つ目は?』

 

「お前がお母さんの財布から10万円を持っていった。

 お母さんは何にもなくなっちゃったって

 言っていたよ。」

 

『それは、違うな。

 お袋は、親父の入院費用を心配していて、

 帯封のついたお金があると言っていたけど、

 見つからなかったんだ。

 

 それを連絡すると、そこにお金があるから

 持っていけと言われただけだ。

  

 更に、お袋の入所については、

 全てが親父の考えるような引き落としでは済まないんだよ。

 

 事務所で話をしたら、引き落としに間に合わない金額は

 請求書が発行されるので、送り先を親父の自宅ではなく、

 私の自宅にしたんだよ。

  

 そこまでお袋には伝えたけど。その話はなかったようだね。

 認知が入っているね。』

 

「俺はそんなことは知らない!」

 

『時系列でしっかり考えたら、解決するよね。

 結局、どこの支払いも長男である私のところに届くわけさ。

 気に入らないのであれば、全てを自分で解決してよ。

 入院なんかしないでさ。』

 

というやりとりをしました。

 

実父もオーバー80ですから、

認知は入っているでしょうね。

 

更に、実父と実母は

連絡を取り合っていますが、

息子の私を悪者にしているんでしょうね。

 

息子である私と実母が面会している時には

実父の悪口ばかりなので。

 

ということは、

実母も認知の可能性が高いですね。

 

被害に遭遇しないように注意していますが、

実父母なので、難しいでしょう。

 

認知が入ると、

自分の都合の良いように解釈されていきます。

 

こんなに不愉快になるのであれば、

土曜日1日を潰してまで

活動する必要はなかったのでは?

と自問自答しています。

 

GW1日目のショック_会わなければ良かった?】 

とは、まさに昨日のことです。

 

私にとっては。

複雑ですねぇ。

笑い話にもなり得ます。

 

年老いた両親の介護問題を抱えている人が

どのように解決しているのか、

ぜひ、知りたいですね。

 

まだまだ、このような話は続きそうです。(笑)

   

本当に健康って大事ですね。

          

にゃんにゃん。。

      

今日は、日曜日です。

 

ということは検証の日です。

 

昨日土曜日は、終日外出であったので

全くチャートを見ることができず、

過去検証を怠っていました。

 

それはそうですよね。

上記のような状態ですから。

   

エセアナリストのお仕事です。(笑) 

 

収縮と伸長の繰り返しです。

2018年のドル円の年ボラは10円ちょっとです。

  

平均値は16円程度です。

 

と言うことは、

2019年は反動がくるのではないか?

と考えています。

  

エリオットで数えていきましょう。

 

いつか来るであろう、毎日給料日と

考えています。はいっ! 

https://www.gogojungle.co.jp/finance/navi/796/11973

    

負けないトレードを目指します。

  

個人的な目標は週に100 pipsです。

  

この技術があれば、怖いことはないですね。

 

色々な考え方がありますが、

それぞれの通貨で、

しっかりと、学んでおくと

失敗は少なくなりますね。

 

FXは心理学の一つかもしれません。

  

このようなアナリスト気分になれるのは

やはり、学びです。

 

学びは力になりますね。

https://fukuyama-syo.com/2019

         

【無料セミナー最終回です。】

スタートミーアップ FX です。

 

学んでみませんか?無料です。

と言えるのは今回で最終回となります。

 

興味があれば、覗いてみましょう。

名古屋で開催です。最終回となります。

   

その後の判断は、自分で考えてくださいね。

 

学びは裏切りませんので

まずは、学んでからトライしていきましょう。   

  

FXで勝敗を分ける理由は、

・情報不足

・慢心

・思い込み

となります。

  

今や、感情を度外視したトレードも可能ですね。

感情トレードは資産を溶かします。

ですから、学びましょう。

 

学びを怠ると、自分の力にはなりません。

https://fukuyama-syo.com/2019

  

にゃんにゃんにゃん。。。

 

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今を悔いなく。常に100%で。

今日も一日、頑張っていきましょう。

ついてる!ついてる!ついてる!感謝です。

 

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決断するということは、

引き返さずに前進あるのみです。

 

毎日が成長であり、

昨日の自分より今日の自分が

成長しているはずなのです。

 

常に前に。

ついてる!ついてる!ついてる!感謝です。

#FX

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ありがとうございます。

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福山 紫生(Syo Fukuyama

 

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ABOUTこの記事をかいた人

はじめまして 福山紫生と申します。 千葉県松戸市生まれで 幼少期は東京都立川市で育ちました。 中学時代はサッカー部でした。 ポジションはスウィーパーという ゴールキーパー前の掃除人でした。 当時の体は170cm、80kgという サッカーにはふさわしくない体形をしており、 試合中、相手にけがをさせてしまい 救急車を呼んだこともありました。 チームメートからは「重戦車」とも呼ばれていました。 高校時代は一変し、帰宅部となり 受験勉強に勤しみました。 毎日のスケジュールをしっかりと立て 当時、テレビを見るという悪い癖を克服するために 帰宅後、18時から22時までの4時間を睡眠時間とし ゴールデンタイムにテレビをつけることもなくなりました。 22時から夕食、23時から明け方まで勉強をし、 オールナイトニッポンというラジオ番組が友達になりました。 無事、高校3年11月で早稲田大学の推薦をもらい その後は、自動車、オートバイなどの運転資格免許をとり 親の車を乗り回して、遊んでいました。 大学時代は、ミーハーサークルに所属し テニスやスキー、アルバイトに勤しみ、 勉強については、それほど、力を入れていませんでした。 早稲田大学を卒業後 株式会社ダイエーへ入社し、2年で退社しました。 ここにいても「自分らしさを出すことはできない」と 思ったからです。 その後、運送業を行い、体調を崩し、6年で廃業しました。 そして、医療器械の国内輸入商社へ入社しました。 国内医療機器の販売を行う際の2年目に ナポレオンヒルプログラムを学び、 成績優秀者として、表彰されたこともありました。 自分は順風満帆の会社員生活を送っていたと思っていました。 しかしながら、考え方が大きく変化したのは 2002年に子供が誕生したときです。 誕生時、未熟児、且つ様々な病気をもって 生まれてきた娘は3か月の入院後、退院してきました。 その間、仕事が手につかず、お休みがちになっていましたが、 会社からは「君の代わりはたくさんいる。」と告げられました。 このとき、自らが会社に貢献していないと、 「いらない」と言われてしまうんだなぁと感じました。 娘は完全治癒では、ありませんでしたが、 世話を嫁に任せ、私は日常業務に勤しみました。 娘は10年間後遺症は出ませんでしたが、 2012年に後遺症が発生し、現在も通院治療を行っています。 その後遺症が障害となり、苦しむ中、 父親としては、時間とお金のかかる 娘の治療に専念したいという思いから 挑戦し続けています。 2011年に国内商社から外資系商社へ転職し、 そして、現在に至ります。